コラム COLUMN

第3回 ヤブカンゾウ(藪萱草) 万葉呼称:わすれぐさ

忘れ草 我が紐に付く 香具山の 古りにし里を 忘れむがため

大伴旅人

-忘れ草を下紐につけました。香具山がある故郷を忘れようと思って-

浮き沈みはあっても武門の名家であった大伴氏は優れた万葉歌人を輩出しました。大伴旅人(おおとものたびと)や妹の女流歌人大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)、『万葉集』を編纂したといわれる嫡男の家持(やかもち)らです。

決して左遷ではなかったらしいのですが、60歳を過ぎた旅人は大宰の帥(そち、長官)として九州に下ります。―平城京(ならのみやこ)を忘れよう―意に沿わぬ転勤は身も心も辛かったに違いありません。今でこそ大阪-博多間は新幹線で数時間の距離ですが、あのころ都を離れる寂しさはいかばかりかと・・・・・・。しかも、大宰府に同行した奥さんをこの頃亡くしています。奥さんが植えた梅を見るたびに胸がつまって涙してしまうと歌に詠んでいます。旅人の寂しさや刹那さがこの忘れ草の歌や梅の歌からもひしと伝わってきますネ。

ところで、旅人は若いころから歌を詠んでいましたが、その頃の歌は散逸してしまって記録に残っていません。それでも『万葉集』に80余首も収められていて、老年期を迎えていたこの大宰府で、山上憶良(やまのうえのおくら)や小野老(おののおゆ)らに出会い、ともに刺激しあって多くの作品が生まれました。

さて、万葉の忘れ草は「ヤブカンゾウ」(八重咲き)をさしているようですが、この花を持っていると辛いことを忘れさせてくれるそうです。残念ながら写真は一重の「ノカンゾウ(野萱草)」です。辛いことを忘れるには、ワタクシ的には凛として咲く「ノカンゾウ」のほうがピッタリのような気がしますが・・・・・。 (ま)

追記:ヤブカンゾウの看板の近くにまだ固い蕾を発見しました(2016年6月20日-写真左)。咲いてみなければ、どっちか不明です。それからは何度か足を運びましたが、いっこうに蕾が膨らむ気配がありません。
昨日(7月5日)咲いていました、ヤブカンゾウが。油断してましたね。すでに咲き終わったカラ(?)もあり、2つ目、3つ目が満開でした。4つ目の蕾もついています。初恋の人に巡り合えてような、久し振りに心踊る気分になりました。 でも、ノカンゾウには出会えませんでした・・・。